■アマプラで広告入るようになるらしい。
そのうち他のサブスクもこういう傾向が強くなっていきそう。
膨大なサブスクデータのなかをさまようより、自分が本当に大事にしたいいくつかの本やCDに触れることの方が、強い喜びをもたらしてくれることもある(それ以外の喜びの形ももちろんある)。
限りある時間のなかで自分が何を見聴きしたいのかを、改めて考えたいわねー。
■KERA & Broken Flowersワンマン観た。
ゲストのハヤシさん含め演奏陣最強。KERAさんの喉も絶好調。
「骨と軽蔑」が特に最高だった。バキバキのギターリフやフィードバックとKERAさんのボーカルが繋がる世界が、このバンドで新たに開拓されていきそう。
「1980」とかのニューウェーブ・ソングももちろん大好きなんだけど、めちゃ強バンドグルーヴの上で田渕さんのギターとKERAさんのボーカルが遭遇する、みたいな新しいサウンドの方に完全に持っていかれた。ゆらゆら帝国「できない」のカバーも良かった。クラウトロックっぽいミニマルなノリもお手のものという感じ。
あまり間を置かずに継続的にライブや新曲発表して、音楽性をどんどん発展させていってほしい……!

■1992年ぐらいのイレイジャーのライブ、MC-4でアナログシンセ4台をシーケンス+ドラムマシーンとしてMPC60をシンク、を、現場で実機走らせてやってたらしい。すげー。
■ここんとこで良かった曲
Tunde Adebimpe - God Knows (Official Audio)
https://www.youtube.com/watch?v=jQj3tN88ksM
Model/Actriz - Cinderella (Official Music Video)
https://www.youtube.com/watch?v=37ptdYkJ1d0
■『1990年代日本のアンダーグラウンド・テクノポップ 1988-1997』みたいなZINE作りたいなあ。そんな時間もカネもいま無いけど……。
■インターネットの話
AT protocol、relay運用者に権力が発生し過ぎちゃう気がするんだけど、違うのかなー。まあActivity pubでのサーバー運営者にももちろんそれはあるわけだけど、relay運営の権力はそれより更に見えにくいっつーか、不可視性が高くない?
巨大SNSがまともに機能しないことのネガティブな側面は「弱い立場にある人間による広範囲発信手段がひとつ失われる」ということだと思うけど。しかし生成AI以降(偽情報のウルトラ精度アップ以降)のウェブ世界では、分散化やキュレーションに対する責任意識向上が仮に果たされたとしても、かつてのTwitterのような発信手段として一般ユーザーが広範囲にSNSを利用することは難しい気がする。
Activity pubによるFediverse=(ユーザーたちがそれぞれにアカウントを作った)各サーバー群の相互接続で、近接的な発信なりコミュニケーションについては基本的に問題無いような気がする。実際、ローカルというか共同性の強い形でのコミュニケーションを、良くも悪くも多く見かける気がするし。サーバーレベルでのキュレーション責任の在り方も見えやすい。
AT protocol=relayによって各PDSをクロールする、ってモデルの方が、たしかにグローバルな発信・受信が成立し得るんだろうけど。しかしrelayが生み出し得る不可視性(シャドウバンしまくりにならない?)や、PDSを提供する側のキュレーション責任の在り方(PDS利用者の投稿内容についての責任が、サーバー運営者に対して問われにくくならない? そんなことないかな)とか、素人目にはいろいろ疑問が浮かぶ。
AT protocolのモデルだと、各ユーザーのセルフデータポータビリティについてはたしかに可能性があるんだろうけど、「共同自治」的な方向については良くも悪くも無責任化していくというか、「イヤなら見なければいい」的な感じにどうしてもなるんじゃないのかねえ。自分にとって心地よい形にカスタマイズされたrelayやApp viewを選択すれば、同じ提供者によるPDSに登録したユーザー同士でも、お互いの存在がまったく視界に入らなくなり得るってことだよね? その形式には可能性ももちろんあるだろうけど、しかし例えば「弱い立場からの発信」みたいなものは、そこでは少なくとも2010年代の頃のようには成立しないよね。
Bluesky、「ユーザーにおける自由を尊重すること」のニュアンスにおいて、今後徐々にリバタリアン的な色合いを強めていくんだろうな〜というイメージが、個人的にはある。資金調達に暗号通貨関連のファンド? とかが絡んでるのも、そういう流れに繋がっていきそうな……。わからんけど。
■公共性の話
公共の場での発話や、親密圏でのやりとりや、個人のモノローグや、そういういろんなレベルがSNSでは全部グチャグチャに混ざってしまう。
公共レベルでの他人とのコミュニケーションにおいては、いろんな条件付けや限界を前提におきながらやりとりすることに本来はなるわけだけど、SNSではむき出しの「私」同士がくっついたりぶつかったりしてしまうので、ヤバい。
公共レベルにおいて権力や資本に対して怒る、それを表明する(さらにそれを共有して連帯する)というのはめちゃくちゃ重要であるものの、その方法としてSNS発話ばかりを頼ってしまうと、親密圏でのコミュニケーションや自分のモノローグにおける「ことば」について、正直言って悪い影響があると最近は考えてる。
我が身を振り返ると、SNSを眺めていて不必要にイライラしたりナーバスになったりしてる部分はやっぱり大きい。物事との距離感が上手く掴めなくなることが、その要因としてたぶんデカい。
■いま「戦後民主主義者」を自称する自分、時代から盛大にズレまくっているが、むしろ積極的にズレていこうと思う。
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