2021-08-02 成長痛 かつての日本型サブカルチャーが、ある種の人々の成長プロセスに寄り添う機能=成長痛的な痛みや混乱の吸収装置としての機能を持っていたとして、では2021年現在の若者には、そういう機能は必要とされているんだろうか?というようなことを、最近よく考える。何処に向けたらよいのか分からない混乱した感情のキャッチャーになってくれるような表現。倫理的判断のなかでは単なる「俗悪」表現として切って捨てられるような文化が、そういう機能を担うこともある。