コメカブログ

コメカ(TVOD/早春書店)のブログ。サブカルチャーや社会のことについて書いています。

『お笑いの民主化史』メモと構想

「お笑いの民主化」の歴史について関心がある。ここでぼくが「お笑い」という言葉で想定しているのは、漫才・コントを持ち芸のメインとしたお笑い芸人たちが、戦後日本において作り上げてきた状況・環境、ぐらいの狭い範囲。その状況形成を決定づけた主要要因はなんと言ってもテレビ・ラジオといった電波メディアであり、お笑い芸人たちは60~70年代にそこで下地を作り、80~90年代にそこで革命を起こし、00~10年代にはそこを支配するようになった。そして現在ではウェブ上での新しい試行錯誤も、多くの若い世代の芸人たちによって行われている。この間に起こった流れを、先述のように「お笑いの民主化」の流れという角度から捉え検証することができないかと、自分は考えている。

 

なぜ「民主化」なのか?端的に言ってしまえば、この60年程の流れは「お笑い芸人」から聖性を剥奪し、「人」に変えていく歴史だったように、ぼくには見えるからだ。芸能から神通力を奪い、芸を市民の手に引き落としていくようなプロセス。客前で芸を披露し金銭を得る芸人という職業は、かつての社会においては一般人が積極的に選択するような道ではなかった(漫才やコントのような色物芸なら尚更)。「マトモな人間がやるもんじゃない」という差別意識によって穢れとして扱われ、しかしその差別にさらされた自らの身体や言語を駆使し、聴衆を笑わせその場を支配する。そこで芸を披露している一瞬だけ、超越的な聖性を帯びる存在。そういうものが、ぼくのなかにある「お笑い芸人」像だ。

 

しかしそういう芸人像は、現在においては成立しなくなっている。戦後の社会状況変化のなかで「お笑い芸人」はもはや被差別的な生業ではなくなり、80年代以降は芸能事務所が運営するお笑いスクールも多数設立され、近年では各大学サークルによる学生漫才・コントのシーンも盛んである。専門学校に行くような感覚でお笑いの学校に通う人々や、ロックバンドを組むような感覚で漫才やコントをやる学生が大勢現れるようになってから、もう数十年経過してしまったわけだ。アマチュアのコンビが漫才の賞レースで上位に勝ち進んだりすることもザラにある。

もちろん、素人による芸事というのははるか昔から連綿と存在するわけだが、ぼくが論点にしたいのは、芸人になる、もしくは芸人の真似事をするということが、人々にとって「趣味で週末芸術家になる」ようなことと殆ど変わらなくなっているという点である。そこには芸人・芸事に対する畏れの感覚は無くなっているように思う。少なくとも、芸人に聖性を見るような視座は間違いなく無い。そして当事者である若い世代のプロの芸人たちにおいても、それは同じことだと思う。やはり芸能も「民主化」されたということなのだろう。

 

もちろん、「マトモな人間がやるもんじゃない」というような差別的な視線が芸人に向けられなくなったのは良いことではある。職業に貴賤は無い。しかし、かつてはそうではなかったものが今はそうなった、という歴史の流れがここには間違いなくある。棄民であると同時に聖人でもあった芸人たちは、今では市民になったのだ。このプロセスを、市民社会化の歴史のひとつの側面として、流れを追って検証・確認してみたい。

萩本欽一が芸人を他タレントと同じ地位にまで持っていき、自分がそれをさらに押し上げ、芸人側がタレントを笑うような構図をつくった」という趣旨のビートたけしの述懐や、メディアアイドルとしてのとんねるずが持つ歴史的な意味、先述したお笑い学校の登場と浸透、いま現在の学生お笑いシーンやYouTubeにおける状況などを検証し追っていくことが、恐らくその方法論になり得るだろう。そしてプロの芸人たちが表現する笑いそのものにも、この歴史は反映されているはずだ。

 

徐々に手を付けていきたいと思っている。