コメカブログ

コメカ(TVOD/早春書店)のブログ。サブカルチャーや社会のことについて書いています。

自分にとってのメイン・テーマ

コロナ感染拡大が止まらない。本日12月23日の東京都の新規感染者数は748人、全国では3,248人。日本の総感染者数は今日までに20万人を超えている。報道各社の世論調査では内閣支持率が低下し続けているが、これだけ無策無能ぶりを露呈している菅政権に、いまだに40%前後の支持があることに正直驚く。観光族の親玉である二階に睨まれズルズル引き延ばしたGO TO キャンペーンを結局腰砕け的に中止させ、多くの自営業者や中小企業に対してしかるべき補償もせずに見殺しにし(菅の経済ブレーンであるデービッド・アトキンソンには、日本経済再建のため、中小企業の数は現在の半数ほどに減らすべきだという趣旨の発言がある)、崩壊しつつある医療現場への有効な支援策も打ち出せていない菅政権のどこをどう評価できるのか、単なる一般庶民でしかない自分にはさっぱり分からない。

 

M-1グランプリ2020』を観た。インディアンスの一生懸命練習したギターの速弾きのような漫才が冒頭で披露され、これは厳しいなと感じる。テクニカルなものより、粗くても閃きやアイデアがあるものが基本的に自分は好きなんだけど(お笑いに限らず)、今年はそういうコンビが結局殆ど見当たらなかった。技術力は申し分ないアキナや見取り図のネタも設定や構成に飛躍が無いためハネておらず、そのことがおいでやすこがの変則性が飛びぬけて際立ってしまう原因のひとつにもなったと思う。ニューヨークが「軽犯罪」みたいなテーマを弄ぶことで彼らの「思想」を匂わせたことも、正直言って得策ではなかったのではないか。彼らの実力を持ってすれば、そんなお笑いロマンに色目を使う必要は無かったはずだ。またウエストランド非モテルサンチマン的「思想」をゴロッとネタ内で放り出すことにも自分は否定的。そういう「思想」を展開したいのならもっとネタの中に細かくすり潰して練り込むべきで、あんな取り扱い方では芸事としてつまらない。結局三年前の失態を長い前振りとして「物語」化するというマヂカルラブリーウルトラCでなんとか大団円を迎えていたが(1本目のネタの、サイレント状態でシェフの心臓を握りつぶすマイムが今回の放送で一番笑った)、全体的に地味な大会になってしまったことは否めないように思う。「物語」の展開こそがコンテンツの商品価値に大きく関わっているM-1という番組においては、こういう地味さは致命傷になり得る気がするが。

 

ぼくは割とパラノイアックなところがあるので、「自分にとっての人生のメイン・テーマとは何か?」みたいなことを昔から延々と考えていたりする。もちろん、「メイン・テーマなんて知るか!乱脈的に生きるのみ!」みたいな態度を否定する気はまったくない。各自自分の好きなように生きればいいのだから。ただ、ぼく自身はそういう自分にとっての「主題」について、でき得る限り考えたいと思っているだけだ。今後は社会全体が厳しい状況に置かれることは間違いないわけで、ひとりの人間がたくさんの荷物を抱えながら生きていくことはとても難しくなる。そのとき「自分が絶対に手放したくないもの」がいったい何なのかを理解するために、自分にとってのメイン・テーマを考えることはとても役に立つ。サブカルチャーを対症療法・精神安定剤にしながら日々を乗り切ることもとても重要なプロセスだけど、それと同時に、自分にとって一番大切なことは何なのか、絶対に手放したくないものは何なのかと必死に考えてみることを、特に若い皆さんにはお勧めする(強要するつもりはない笑)。それを見極めるのが実は一番難しいことで、そしてそれを把握することさえできれば、自分が人生のなかで選択するべき道筋というのも、おのずと見えてくるものだと思うのだ。