コメカブログ

コメカ(TVOD/早春書店)のブログ。サブカルチャーや社会のことについて書いています。

疲弊

あらゆる意味での疲れが取れず。どうにか気持ちを建て直していくしかない。ここ数年で一番疲弊している。

 

7月28日東京都の新型コロナウイルス感染者数、3,177人。

数十年後の人々に、「当時の日本は、これだけ感染が拡大していたのに何故オリンピックを続けていたのか?」と疑問に思われるんだろうな。そういう社会をいま我々は作ってしまっている。

 

今に始まった話じゃないが、読み手の感情を刺激する表現や情報がネットやSNSで拡散され、刺激された人々が自ら率先して「動員」されていく、という光景が、最近もあちこちで目につく。そして正直、日本社会におけるこの「動員」的エネルギーの暴発が、ここしばらく一線を越えてしまっているように感じる。オリンピック・パラリンピックの外側でむしろ"United by Emotion"は乱立しており、いま目の前に広がる光景よりも更に恐ろしいことが、遠くない時代に起こるような気がする。

Twitter休止

自分のTwitterアカウントの運用を休止した。ここのところの、小山田圭吾に関する騒動で心の底から疲弊したから(実際は、他にも要因になっていることはすごく沢山あるんだけど)。いま現在考えていることは、TVODブログの記事(小山田圭吾氏を起点とする一連の出来事について / TVOD - TVOD (hatenablog.com)に書きました。

 

Twitterなんてたかがウェブ・サービスのひとつに過ぎないんだから、そんなに深刻に考える必要は本来無いんだけど。ただ数年前から自分はTwitterをかなり積極的に使ってきたし、そこに可能性もあると思っていた。今はもう違う。本当に疲れた。ただ、自分が使いたくて使ってたんだから、疲れたこと自体は自業自得なんだけど。

 

何かあれば、comecaworksアットマークgmail.com までメールをください。

このブログはたぶん、これまでより高頻度に更新されることになると思います。

『お笑いの民主化史』メモと構想

「お笑いの民主化」の歴史について関心がある。ここでぼくが「お笑い」という言葉で想定しているのは、漫才・コントを持ち芸のメインとしたお笑い芸人たちが、戦後日本において作り上げてきた状況・環境、ぐらいの狭い範囲。その状況形成を決定づけた主要要因はなんと言ってもテレビ・ラジオといった電波メディアであり、お笑い芸人たちは60~70年代にそこで下地を作り、80~90年代にそこで革命を起こし、00~10年代にはそこを支配するようになった。そして現在ではウェブ上での新しい試行錯誤も、多くの若い世代の芸人たちによって行われている。この間に起こった流れを、先述のように「お笑いの民主化」の流れという角度から捉え検証することができないかと、自分は考えている。

 

なぜ「民主化」なのか?端的に言ってしまえば、この60年程の流れは「お笑い芸人」から聖性を剥奪し、「人」に変えていく歴史だったように、ぼくには見えるからだ。芸能から神通力を奪い、芸を市民の手に引き落としていくようなプロセス。客前で芸を披露し金銭を得る芸人という職業は、かつての社会においては一般人が積極的に選択するような道ではなかった(漫才やコントのような色物芸なら尚更)。「マトモな人間がやるもんじゃない」という差別意識によって穢れとして扱われ、しかしその差別にさらされた自らの身体や言語を駆使し、聴衆を笑わせその場を支配する。そこで芸を披露している一瞬だけ、超越的な聖性を帯びる存在。そういうものが、ぼくのなかにある「お笑い芸人」像だ。

 

しかしそういう芸人像は、現在においては成立しなくなっている。戦後の社会状況変化のなかで「お笑い芸人」はもはや被差別的な生業ではなくなり、80年代以降は芸能事務所が運営するお笑いスクールも多数設立され、近年では各大学サークルによる学生漫才・コントのシーンも盛んである。専門学校に行くような感覚でお笑いの学校に通う人々や、ロックバンドを組むような感覚で漫才やコントをやる学生が大勢現れるようになってから、もう数十年経過してしまったわけだ。アマチュアのコンビが漫才の賞レースで上位に勝ち進んだりすることもザラにある。

もちろん、素人による芸事というのははるか昔から連綿と存在するわけだが、ぼくが論点にしたいのは、芸人になる、もしくは芸人の真似事をするということが、人々にとって「趣味で週末芸術家になる」ようなことと殆ど変わらなくなっているという点である。そこには芸人・芸事に対する畏れの感覚は無くなっているように思う。少なくとも、芸人に聖性を見るような視座は間違いなく無い。そして当事者である若い世代のプロの芸人たちにおいても、それは同じことだと思う。やはり芸能も「民主化」されたということなのだろう。

 

もちろん、「マトモな人間がやるもんじゃない」というような差別的な視線が芸人に向けられなくなったのは良いことではある。職業に貴賤は無い。しかし、かつてはそうではなかったものが今はそうなった、という歴史の流れがここには間違いなくある。棄民であると同時に聖人でもあった芸人たちは、今では市民になったのだ。このプロセスを、市民社会化の歴史のひとつの側面として、流れを追って検証・確認してみたい。

萩本欽一が芸人を他タレントと同じ地位にまで持っていき、自分がそれをさらに押し上げ、芸人側がタレントを笑うような構図をつくった」という趣旨のビートたけしの述懐や、メディアアイドルとしてのとんねるずが持つ歴史的な意味、先述したお笑い学校の登場と浸透、いま現在の学生お笑いシーンやYouTubeにおける状況などを検証し追っていくことが、恐らくその方法論になり得るだろう。そしてプロの芸人たちが表現する笑いそのものにも、この歴史は反映されているはずだ。

 

徐々に手を付けていきたいと思っている。

本屋は何のために営まれるのか?

集英社講談社小学館の三社が、出版流通業を行う新会社を丸紅と共に設立する、というニュースが話題になっている。

 

AIで“出版流通改革” 集英社、講談社、小学館が丸紅と新会社 - ITmedia NEWS

 

いまのところは「年内設立予定で協議中」という情報しかないので、何がどうなるのかはもちろんまったくわからない。しかしこの「新会社」が本当に実現したら、既存書籍取次会社の立ち位置に大きな影響を与えることは間違いない。出版業界に身を置く人の多くが、この件の動向をとても気にしていると思う。

 

ものすごくざっくり言うと、戦後日本の出版業において出版社/取次(世間の小売業で言うところの問屋・卸業)/小売店のうち、これまでは大手取次の力が非常に強かった。例えば、委託販売条件の新刊書籍をどの小売店に何冊配本するかといった、売れ行きや市場在庫数の行く末を左右するような事柄についても、取次の決定権がとても大きいのだ(実際にはさまざまなケースがあるのだが、あくまで基本的にはそういう構図がある、という話)。ごく一部の大手出版社や大手書店チェーン(の大型店舗)を例外として、大抵の出版社や小売店は、大手取次が組み立てる配本構図をベースに動かざるを得ないのが現状である。

 

しかし先述のような動き、つまり出版社側が出版流通会社=取次機能を持つ会社を自主運営するようになれば、既存取次会社が現在の書籍の制作/流通/販売の流れから排除されることもあり得るわけで、業界の仕組みやパワーバランスが大きく変化する可能性がある。まあただこれもさっき書いたように、まだこの「新会社」自体も何の実態も見えないし、それが他出版社や各取次とどのように関係していくかもわからないので、現状では何も言えないんだけども。しかしここ最近の丸善ジュンク堂書店の大規模な取次帳合変更(楽天ブックスネットワークをメイン取次としていたすべての店舗について、トーハンもしくは日販に取次を変更)や、数年前からのKADOKAWAによる自社流通構造への模索なども含めて、出版業界にいよいよ大きな転換点がやってきている感がある。先のリンクにあるプレスリリースに「出版界は構造的な課題を抱え続けており、各部門に於いての改善が急務とされています」と書かれているように、合理化を推し進めムダを省き、構造を変えなければ立ち行かない現実に、この業界は直面してしまっている。

 

こうしたなかで個人的に改めて考えるのは、「本屋というのははたして、何のために営まれるのか?」ということ。自分自身もかつて十年ほど新刊書店に籍を置き、いま現在も小さな古本屋(新刊書籍も若干だが販売している)を経営している身であるため、この状況のなかでもぼくはやはりまず小売業務のことが気にかかる。

 

言うまでもなく、本屋を生業にする人間はみんな商売としてそれをやっているわけで、まずお金を稼ぐこと・生活することのためにそれは営まれているのであり、そのビジネス構造を健全化させることは(当たり前すぎる話だが)大切なことだ。それが上手くいかない限りは、従事する人々が報われる労働環境も、技術を向上させるための適切な教育システムも成立しない。端的にその構造に現状無理が出ているから、ギリギリの人員数で、取次から配本された書籍をただ並べるだけでも作業時間的に精一杯になるような労働現場も生まれてしまう。やる気があるスタッフも、そんな環境のなかにいたらどうしたって疲弊する。むしろ、何がしかの意識や能動性を持って本屋の仕事に取り組もうとする人であればあるほど、その疲弊に自分のなかの何かを折られていってしまうだろう。

 

しかし例えば、(そういう現状を打開するためにも)業務の合理化・効率化を数字第一で極度に突き詰めた場合、いつか最終的には「実店舗運営としての本屋経営そのものがムダ」という答えに辿り着いてしまうような気がするのだ(笑)。

書店運営というのは物理的な作業負荷も大きく(世間で想像されるよりも何倍も、この仕事は泥臭い肉体労働である)、根本的に不合理な要素を多く抱えている。しかし一応の理想としては、出版社/取次/書店/顧客の間にある相互性・コミュニケーションが具体的に反映される現場として、本屋というものはこれまで想像されてきたと思うのだ。アトランダムな顧客集客と、それを迎える書店員と、その背後に有機的に繋がり合う出版社や取次の人々との連関が、書店という場所、そこにある本棚に、結果として(非常に不合理で面倒な実作業の果てに)顕れてくる。実際それを実現できている書店がいま現在どれぐらいあるかということは別として、そういう場所としての本屋は、やはり理想像としては多くの人にイメージされてきたんじゃないだろうか。それが今後も理想像として持たれ続けるべきなのかどうかは、わからない部分もあるけれども。しかし本屋を利用する人間もそれを営む人間も、そういう場を求め愛してきたという歴史は確実にあると思う。

 

ムダを省いて業界構造を「改革」することが必要であり急務であることは間違いないにしても、しかし何がしかの「理想像」(それはこれまで通りのものかもしれないし、まったく新しい形のものかもしれない)を描いた上で(AIも含めた)新しい技術や体制を導入するのでなければ、単に経済的な合理化を推し進めるだけの結果に繋がりかねない気は、正直してしまう。「本屋(ひいては出版業)というのははたして、何のために営まれるのか?」という問題意識を、ひろく共有して語り合い共に考えることがやはり必要なんだろうなと改めて思う。「出版社/取次/書店/顧客の間にある相互性・コミュニケーションが具体的に反映される現場」としての本屋は今後も必要なのかどうか、もし必要であるならそれを如何にして実現するのか、きっちり考えなければいけない時期が来てしまったのだろうなと、強く感じている。

空想は重力を打ち消す ー熊倉献『春と盆暗』感想ー

言うまでもないことだけど、現実は現実でしかない。人は誰もが、目の前にある「いま・ここ」を生きることしかできない。ただ幸か不幸か私たちは人間であるために、目の前の現実に空想を重ね合わせたり、もしくは現実から離れて空想の彼方に心を飛ばしてしまったりすることがある。世界から逃げるためだったり、世界を捉え直すためだったり、様々な理由で人は空想の力を使う。

 

熊倉献『春と盆暗』に収められた四つの物語には、現実と空想が重なる瞬間が描かれている。私たちの誰もが逃れることのできない「いま・ここ」と、空想によって生み出された風景とが重ね合わされることによって、とりたてて特異な出来事が起きるわけでもない本作の各物語たちは奇妙な味わいを帯びる。現実と空想がまるで等価に捉えられているかのような世界観によって、「いま・ここ」の重力が解除されていくような感触が、この作品にはある。

 

更に特徴的なのは、作中の登場人物たちは皆、現実に重ねられた空想のなかにおいても出会い、コミュニケーションを交わすということだ。単行本冒頭に収められた「月面と眼窩」に登場するサヤマさんは、現実に苛立つたびにやたらと「手をグーパー」して、空想のなかの月面で道路標識を投げる。アルバイト先で彼女に出会ったゴトウくんは、「月面が針山になるとアレなので」=サヤマさんの現実への違和感が臨界を超えてしまうことを心配して、「どうにかしなくちゃ」と思い悩む。ふたりが生きる現実は空想の月面とシームレスに繋がっており、そこでこそサヤマさんとゴトウくんは出会う。バイト先だけでなく月面でも出会えたからこそ(そのコマで、商店街の風景に空想の月面が重なり、ふたりは共にそこに降り立つ)、ふたりは互いに交感し、ゴトウくんの片思いで始まった恋はその形を変えていく。

 

他の三つの物語においても、人々は空想のなかにひとりで引きこもることはない。みんな水死体になってしまう水中都市が、高校球児で活気づく仙人掌が、粉砂糖による粉塵爆発で荒野になった街が、現実世界を生きる登場人物たちの視界に重なり、彼らはそれを共有する。空想の共有を通して互いが抱える何かに触れることで、現実における関係性に変化が訪れるのだ。

 

そのなかでも、「仙人掌使いの弟子」には特に不思議な感触がある。この物語は他三作と若干構図が異なっており、さわさんという女性と、彼女に対して憧れにも似た恋心を抱くススムくんというふたりのお話なのだが、ここにもうひとり矢野くんというキャラクターが登場する。矢野くんはクラスでイジメにあっており、ススムくんはそれを止めたいのだが、どうしたらいいのかわからない。しかしさわさんが空想の赴くままに語っていたあるウンチクを記憶していたことで、ススムくんは偶然に矢野くんを救うことになり、ふたりは友人になる。

 

他三作で起きる関係性の変化とは具体的には男女間の恋愛の進展なのだが、「仙人掌使いの弟子」においては、さわさんがホラのように広げまくる空想が、ススムくんの、そして矢野くんの現実における日常を、恋愛とは違う位相においても変えていくのである。そこには、例えばイジメに象徴されるような「いま・ここ」の閉塞を、空想の世界を共有することによって解除していくような、不思議な爽やかさがある。さわさんの空想からススムくんが受け取ったものが、ススムくんの現実だけでなく、矢野くんの現実をも変えていくような豊かな可能性が、そこには描かれている。

 

私たちが捕らえられた現実に空想を重ねることで、その重力を打ち消し、互いにそこでコミュニケーションを試み、出会い直すこと。「いま・ここ」に捕えられた私たちは、そうやって恋愛や、友情や、そしてそれらとはまた異なる様々なコミュニケーションの可能性に、飛び込んでいくことができる。さわさんが周囲からは(愉快な)ホラ吹きだと思われているように、空想の世界を広げる人を世間は奇異の目で眺めることも多い。でもこの『春と盆暗』が描いたように、一見単なるホラ話にしか見えないような空想こそが、私たちの現実における閉塞を救い、人間同士を繋ぎ直す、とても大切な鍵なのである。

郊外の私

もう10年以上東京都内に暮らしている。大学を出て社会人になってから、最初の8年ほどは池袋周辺を転々とし、5年ほど前からはずっと西東京にいる。もともと自分は埼玉の浦和のあたりで育ったこともあって、池袋や西東京のなんというか地味な雰囲気はとても居心地がいい。特に西東京の風景というのは完全に郊外の景色なので、結局自分が落ち着けるのはこういう場所なんだなあ、と思ったりしている。

 

ぼくは生まれてから4~5歳ごろまで、目黒駅と祐天寺駅のあいだのあたりにあった、父親の会社の社宅に住んでいた。関西出身者の両親は、ぼくが生まれるのと同時に父の転勤で東京に引っ越し、地縁の無い環境のなかで子育てを始めた。物珍しさで、週末にはぼくを連れて東京の各所を車で見て回ったりしていたらしい。

 

そしてその後、家族で埼玉の浦和に引っ越すことになる。ぼくは1984年生まれなので、たぶん88年頃のことになるはず。浦和にも別に地縁があったわけではないから、父と母は、ベッドタウンとしての利便性や諸条件を考慮して土地を選んだだけだったのだろう。それ以来社会人になるまでずっとそこで暮らしていたので、実質的にはぼくは埼玉出身の人間である。

 

しかしこの東京から埼玉へ、という移動の経験は、幼児期の自分にとって非常にショックなものだった。もちろん子どもだから何が何やらわかっていなかったのだが、埼玉で暮らすようになったときに「ここには何もない!街がスカスカだ!」と思ったことをものすごくよく憶えている。幼い自分にもわかるぐらいに、目黒や祐天寺、そして親に連れられて回った80年代半ばの東京は、凝縮性・濃度が高い空間に見えたのだろう。人や店やいろいろなものが濃密に集中していた東京と比べて、埼玉の郊外的な風景はいかにも空っぽであるように見えた。

 

ちなみに余談だが、そういう経験からぼくは「1980年代の東京」に対して子供の頃から妙なノスタルジーを抱くようになり、思春期に入るころには当時の文化について調べたり、雑誌やレコードの収集に熱中するようになる。

 

ただ、そもそも地縁も何も持たずに、父の勤め先の都合で移動していただけの核家族であった我が家にとっては、埼玉の郊外=土地の関係性や歴史が希薄な場所の方が、確実に生きていきやすかった。あとから母に聞いたことだが、東京は生活するには楽しい場所だったけれども、やはりそこに代々住んでいる人々と、一時的な移住者に過ぎない自分たちとの違いを意識する場面は多かったという。ぼくは子どもだったからそのへんのことは当時何もわからなかったが、それでも浦和のあたりがいろんな意味で地域的な関係性が希薄な土地であることぐらいは、育っていくなかでだんだん理解していった。そしてそういう根無し草的な感覚は、自分の人格形成にも深く影響を及ぼしていると思う。

 

東京というのは今も昔もぼくにとって、濃度が高く歴史や関係性が複雑に折り重なった都市としてある。ぼくはそういう東京に触れるのが大好きだけど、でも自分はその重層性のなかには入れないし、入りたいとも思わない。郊外的な空間のなかで、根無し草的にスタンドアローンで生きることが自分にとっては最もしっくりくる。あくまでその感覚を前提に、その上で何がしかの共同性や公共性にコミットできないか、というのが自分の関心であり、だからこそ国分寺で古本屋の実店舗を始めた。濃度の高い「中心」としての東京はいまでも多くの人を惹きつけているが、その「周縁」部分の空っぽさの方にこそ、ぼくは興味がある。

 

人が地縁や歴史から解放され、「ひとり」になれる、ということに、やはり希望を見たいのだ。もちろん相互扶助的な機能を持つ共同体のなにがしかの形での形成や、「ひとり」で生きるためのセーフティネットの構築は重要な課題である。しかし自分はやはり根本的に、空白のなかを「ひとり」で生きることを、ポジティブに捉えたいと思っている。そういう「ひとり」同士として出会い、互いの「ひとり」さを尊重し合えるような関係性をつくりたい。

 

そして、いま現在のコロナ禍において、東京各所の景色はどんどん変わりつつある。その変化には様々な位相があるけれども、「資本力を持つ者だけが生き残る」という事実の加速が、そこにはひとつ確実にある。市民生活の実相に向かい合おうとしない小池都政や菅政権に対して抗議しつつも、しかしそういう過酷で具体的な現状を私たちはそれぞれ日々乗り切るしかない。今回書いたようなことを考えながら、ぼくは毎日東京の西側で暮らしている。

4月の現状

前回更新から二か月も経ってしまった。とにかく忙しかったのもあるのだが、なんというかこう、Twitterやブログに対して色々考え過ぎてしまいがちになっていたところもある。ちょっと方針を変えて、「とりあえず書き残しておく」という感じでしばらくまた定期的に更新する。ブログは当初想定していたように、まあだいたい週一回ほど書くつもり。

 

先ほど出た速報、4都道府県に対して緊急事態宣言発令の政府方針が確定とのこと。4月25日から5月11日までの予定であるらしい。しかしもう改めて言うまでもないが、政府も各地方自治体も、市民の生活を置き去りにして場当たり的かつ無根拠なコロナ禍対応を延々と繰り返している。ちなみにIOCのバッハがこの緊急事態宣言は「東京オリンピックとは関係がない」と言ったらしいが、関係ないわけないだろ。何を言っとんだ。バッハは5月17、18日に来日する予定らしいが、菅は揉み手と満面の笑みで迎えるのだろうな。彼もまた「緊急事態宣言を発令しても東京五輪の開催には影響しない」と発言した。何を根拠にこんなことを言ってるのか。
「子どもにでもわかる現実」が、権力によって何事もなかったかのように捻じ曲げられ否認される。頭がおかしくなりそうだが、いちいち怒って抗議するしかない。

 

前回ブログ更新以降に発表したものや参加したものいくつか。

QJ WebでのTVOD連載、二本。
『花束みたいな恋をした』と菅首相長男の違法接待から“社会と個人”について考える - QJWeb クイック・ジャパン ウェブ
物語は終わって、社会が始まる──『シン・エヴァンゲリオン劇場版』から考えたこと - QJWeb クイック・ジャパン ウェブ

 

TBSラジオ『文化系トークラジオ Life 恋と仕事と文化系~「花束みたいな恋をした」論』にコメカソロで出演。
恋と仕事と文化系~『花束みたいな恋をした』論|TBSラジオFM90.5+AM954~何かが始まる音がする~ (tbsradio.jp)

 

現代ビジネスに、コメカソロで寄稿。
大ヒット『花束みたいな恋をした』、有村架純のセリフをすべての大人が噛みしめるべき理由(コメカ) | 現代ビジネス | 講談社(1/6) (ismedia.jp)

 

インディーズ雑誌『つくづく別冊①』特集=友だちと互助会に、TVODで参加。
『つくづく別冊①』特集=友だちと互助会 | インディーズ雑誌『つくづく』vol.3 (stores.jp)

 

など。お仕事のご依頼お待ちしております。

『花束みたいな恋をした』についてやたら考えた二か月であった。先日始まった『大豆田とわ子と三人の元夫』も楽しく観ている。それ以外にも『おちょやん』等、かなり色々考えながら観ているドラマが現状いくつかあるので、また改めて色々書くつもり。

 

なぜかプログレがマイブームになってしまい、ゴングやVDGG、ナショナル・ヘルスなど聴く日々。ただ、自分はもともとニューウェーブ/シンセポップが好きなんだけど、いわゆる80年代サウンドではなく、70年代的な音像を実際のところ好んでいるのだと思う。FMシンセでリン・ドラム、みたいな感じの音、別に思い入れないのよ。前述のようなバンドたちも、1979年のニューウェーブロック(=アフターパンクのアートロック、としてのニューウェーブ)に至る道筋として改めて聴き直しているのだった。

 

自分が経営する古本屋、早春書店は日々とにかく一生懸命仕事をして、頑張って運営している。いろいろ面白い本が揃ってますので、お店やウェブストアを覗いてみてください。古本買取のご依頼もぜひ。
古本屋 | 早春書店 | 日本 (so-shun-shoten.com)

 

とりあえず最近はこんな感じだ。しかしこのぐらいのテンションで書くとなると、一週間と言わず数日置きに更新するかもしれん。ではまた。